扉を開けると、棚にずらりと並ぶ酒のボトル。反対側にはドリルや3Dプリンター。バーとは無縁の道具も置かれている。

ここは神戸・二宮にあるバー、「下手の横好き」。
店主のモーリーさんは今日も何かをいじっている。二十代半ばで整備工場を持つ夢を諦め、飲食の世界に飛び込んだ。それでも工具を手放したことは、一度もない。
作りたての美味しさをそのままに
店名の「下手の横好き」からは、ゆるくて気取らない雰囲気が漂う。実際、モーリーさん自身が「お酒に関しては、いわゆるマニアやオタクからしたら、こいつ知らねえなぐらいだと思うんですよ」と笑う。

だが、タップを見ればそのこだわりが一目瞭然だ。
タップは冷蔵庫の中に収められている。ホースも一般より細く短く——配管を絞ることで圧力のバランスを保ち、ビールが劣化しにくい状態を作り出している。日本中を探しても、この方式を採用しているクラフトビール屋はモーリーさんが把握する限り3軒しかない。

「うちに届いたビールのおいしさが100だとしたら、できるだけ100に近い状態でグラスに注ぎたいんですよ。80とか70にしたくないんで」
狙いはただ一つ。作りたての美味しさを、注いだ瞬間まで落とさないこと。
メカニック魂——「100を100のまま注ぐ」ために
モーリーさんはもともと整備士だった。古い車のレストアや改造を手がけながら、いつか自分のガレージを持つことを夢見ていた。
でも時代が変わった。自動車はどんどんコンピュータ化し、個人の整備工場では太刀打ちできない設備投資が必要になってきた。「パッと諦めて、じゃあ何しようかな」と思ったとき、頭に浮かんだのが大好きなベルギービールだった。
26〜27歳ごろに飲食の世界に飛び込み、三宮の東門辺りで初めての店を始めた。
転身はしても、整備士の性分は消えなかった。クラフトビールを注ぐとき、最初の一口は必ずぬるい部分を捨てなければならない——その慣習がどうしても嫌だった。「もったいないし、せっかく作ってくれたのに捨てるのが嫌で」。じゃあどうすれば防げるか。
答えがタップを冷蔵庫の中に収めることだった。市販品に満足できない部分があれば部品から作る。「無いものは作る」——それが整備士時代からの流儀だ。

壁からランプまで、すべてが手作り
店内を見渡すと、あちこちに手仕事の痕跡がある。
内装は壁の断熱材から自分で入れ直した。上下水道も電気も自分で引いた。カウンターの隅に吊るされたランプは、瓶の底をダイヤカッターで削って作ったものだ。「経験があったんですか?」と聞くと、「なんとかなるやろって」と笑う。

営業中もこの状態なんですか、と聞くと、「大体、何かしら作業してますね。お客さんが来たら片付けて拭いて、またいじる、みたいな感じで」と返ってきた。
ビアサーバーの部品も、バイクや車の部品も、ここで作る。「ここもっとこうしたらいいのになぁ」と思ったら、もう作るしかない。市場にいいものがなければ、作ればいい。
「普通のお酒はほぼ無いです」という潔さ
取り揃えているのはクラフトビールが9タップ、それにアイラウイスキーが100種以上、アブサンが約20種、日本酒とギネス。
「この店の中は全部、僕が好きなやつだけなんですよ」
ベルギービールが入り口で、クラフトビールにハマり、アイラウイスキーにハマり、いつの間にかアブサンも好きになった。好きが増えるたびに棚が増えた。Googleの店舗説明には自ら「普通のお酒はほぼ無いです🙄」と書いている。

クリア系のIPAに偏っていて、一般ウケはしない。外見だけで入ってきたお客さんが「飲むものがない」と帰ってしまうこともある。それでも、間口を広げるつもりはない。
「ハマる人がうちを見つけてくれたらいいんですけどね」
この場所でのこれから
「とりあえずこの場所ではもうちょっと僕フードやめたくて」
そう話すモーリーさんが今考えているのは、キッチンを誰かに貸し出すこと。
「キッチン誰か借りてくれないかな、みたいな。キッチンだけ日替わりみたいにしたら面白いなと思ってますけど。何曜日は誰の日みたいな。僕はビールつくだけ、酒作るだけってやりたいんですけど」
フードは持ち込みでも、来てからUberで頼んでもいい——もともとそういうお客さんが多い。
失敗を恐れず、お酒を「深掘り」する楽しさを
最後に、モーリーさんはこう言った。
「怖がらずに、あっちこっち手を出してほしいですね。失敗してもせいぜい1,000〜2,000円の話なんで」
うちに来る来ないは関係なく、いろんなお酒を試してほしい。美味しいと美味しくないの違いがわかるようになってほしい。
「思考性の高いお酒、クラフトビール、ウイスキーとかワインとかある程度経験値積んでいかないと分かってこない部分があると思うんですけど、そこを分かるまでちょっと深掘りしてみてほしいですね。」

いつか、酒も飲めて車もいじれる「ガレージ」へ
今の店舗は定期借家で、あと5年ほどで出なければならない。
次の場所でやりたいことは、ずっと前から決まっている。
「ガレージみたいな感じにやりたくて。自分のもいじるし、お客さんのも持ち込んでいじれるみたいな。で、その端っこでお酒も飲めるみたいな」
車が入れられるくらいのスペースで、道具もある。しらふなら使っていい。ビールを注ぎながら、誰かが何かを作っている。それが「下手の横好き」の最終形だ。
整備工場を持つ夢を一度諦めて、バーの店主になった。でも工具は手放さなかった。手作りカートを作りレッドブル主催のボックスカートレースに出場、準優勝を果たしたこともある。ものづくりと遊び心が切り離せない人なのだ。場所はまだ見つかっていない。でも夢の形は、ずっと前からはっきりしている。
サムネイルの黒いヘルメット姿がモーリーさん。
小さい頃からの夢が詰まったガレージは、まだ先の話。それでも今日も神戸・二宮の一角で、モーリーさんは届いたままの美味しさを守りながら、今日もビールをグラスに注いでいる。

下手の横好き
- 📍 兵庫県神戸市琴ノ緒町4-7-9 関西ビル 1F
- 👤 1〜2名推奨、最大3名まで
- 🚬 タバコ・香水禁止(店外での喫煙も禁止)
- 📱 Instagram: @maltbar_hetayoko









