日本のゴルファーが「アイアンの聖地」と呼ぶ場所が、兵庫県のほぼ真ん中、姫路から播但線で北へ30分ほどの山あいにあります。神崎郡市川町。人口1万人あまりのこの町で打たれた軟鉄鍛造のアイアンヘッドは、いまも世界水準の品質で知られています。
その市川町で 2026年5月1日、ひとつの会社が生まれました。社名は 株式会社Tradge(トラッジ)。立ち上げたのは、この町の出身で34歳の 岡本勇路 さん。「地域の暮らしを研究し、届ける」をミッションに、町の職人や生産者と組んで商品をつくる会社です。第一弾として、鍛造の技術を暮らしの道具に持ち込む鉄のブランド「metl.(メトル)」を 2026年夏頃 に始めると、6月12日に発表されました。
ゴルフクラブの町から、台所や食卓へ。その背景には、100年ちかく続いてきた鉄の物語があります。
刀鍛冶の技が、ゴルフクラブになった町
そもそも、なぜ市川町がアイアン発祥の地なのか。話は昭和のはじめに遡ります。
昭和3年(1928年)頃、兵庫県工業試験場の三木分場に、研究材料としてゴルフのアイアンヘッドが持ち込まれました。当時のゴルフクラブは輸入品。これを国産化できないかと、研究員の松岡文治氏が製作を依頼した相手が、川辺村(現在の市川町西川辺)の鍛冶職人・森田清太郎氏でした。
森田氏が頼ったのは、刀鍛冶の技術です。約1100度に熱した軟鉄を打ち、押し固めて形をつくる。試行錯誤はおよそ3年に及び、昭和5年(1930年)、国産初の鍛造アイアンヘッドの量産化に成功します。
戦後、高度経済成長とともにゴルフが大衆化すると、市川町を中心とした姫路エリアのアイアンヘッドは 全国生産量の約4分の3 を占めるまでになりました。鋳型に流し込む鋳造と違い、鍛造は金属の組織が緊密になり、柔らかい打球感が生まれるとされ、いまもプロや熱心なゴルファーが市川町の工房に削り出しを依頼しに来る——そういう町です。
「鉄分がとれる鉄製品」という発想
Tradgeが立ち上げる「metl.」は、この軟鉄鍛造の技術を使ったライフスタイルブランドです。掲げているのは、日々の暮らしの中で自然に 鉄分 を取り入れられる鉄製品の開発。
鉄の調理器具で鉄分を補うという考え方自体は、南部鉄器の鉄瓶や、やかんに沈める「鉄玉子」など、古くからある知恵です。ただ、ゴルフアイアンを打ってきた軟鉄鍛造の産地が、その技術と設備で日用品をつくる、という座組はあまり聞きません。クラブヘッドの世界で磨かれてきた精度が、暮らしの道具でどう出るのか。商品の姿は発表時点でまだ明かされておらず、夏の発売を待つことになります。

岡本さんは大学進学と就職でいったん町を離れ、前職で日本各地のものづくり企業と関わってきた人物です。リリースには、こんな言葉がありました。
市川町の職人の皆さんとお話しする中で、その技術の高さはもちろん、どんな環境の変化があってもものづくりを続けてこられた強さや、まだまだ挑戦を続けようとする情熱に深く心を動かされました

会社としては第二期に、市川流域の卵やはちみつ、農産物といった地域資源を使った商品開発も予定されています。鉄はあくまで第一弾で、町にあるものを商品のかたちにして外へ届けていく計画です。

兵庫の地場産業ブランドの系譜に連なるか
兵庫県は、地場産業を地域ブランドとして編み直す動きが続いてきた土地でもあります。豊岡の鞄は「豊岡鞄」として認定制度をつくり、三木の金物や小野のそろばんも産地名を前に出して販路を広げてきました。一方で市川町の鍛造は、OEMとしてクラブメーカーを支える裏方の立ち位置が長く、産地の名前が消費者に直接届く機会は多くありませんでした。
ゴルフをしない人の手元に「市川町の鉄」が届くとすれば、それはこの町の技術にとって新しい出口になります。資本金200万円、生まれたばかりの小さな会社の挑戦ですが、背負っている物語は昭和5年から続くものです。
会社概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 会社名 | 株式会社Tradge |
| 代表者 | 代表取締役 岡本勇路 |
| 所在地 | 兵庫県神崎郡市川町 |
| 設立 | 2026年5月1日 |
| 資本金 | 200万円 |
| 事業内容 | 地域資源を活用した商品開発・販売 |
| 問合せ | info@tradge.jp |
第一弾ブランド「metl.」の販売開始は 2026年夏頃 の予定。約100年前、輸入クラブを前に鎚をふるった鍛冶職人の町が、今度は毎日の食卓に向けて鉄を打ち始めようとしています。




